感染性心内膜炎のリスクが高い患者さんには、侵襲的な歯科治療の前に、抗菌薬の予防投与が世界的に勧められてきました。
ここでいう、「リスクが高い患者」「侵襲的な歯科治療」「予防抗菌薬」とは、いったい何でしょうか?
このページでは、「感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)」などをもとに、感染性心内膜炎について、歯科で知っておきたいポイントを4つにまとめました。
1.感染性心内膜炎とは?
感染性心内膜炎は、心臓に微生物が感染し、菌血症や血管塞栓などを起こす全身性敗血症性疾患です。
9割程度がレンサ球菌かブドウ球菌が起炎菌とされ、急性あるいは亜急性の経過をとり、発症率こそ低いものの、死に至ることがある恐ろしい疾患です。
亜急性の感染性心内膜炎では、発熱・全身倦怠感・食欲不振・関節痛などの非特異的な症状が、数週間から数か月にかけて徐々にみられ、発症日は特定しにくいのですが、抜歯などの侵襲的な歯科治療と関連していることがあるといわれています。
そのため、感染性心内膜炎を発生するリスクが高い患者さんには、侵襲的な歯科治療の前に、抗菌薬の予防投与が行われてきました。
2.歯科で予防を考えるケース
歯科で感染性心内膜炎の予防を考えるケースを以下にまとめました。
Class Ⅰ
特に重篤な感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高い心疾患で、予防すべき患者
- 人工弁置換患者
- 感染性心内膜炎の既往を有する患者
- 複雑性チアノーゼ性先天性心疾患患者(単心室、完全大血管転位、ファロー四徴症)
- 体循環系と肺循環系の短絡増設術を実施した患者
Class Ⅱa
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が高く予防した方が良いと考えられる患者
- ほとんどの先天性心疾患を有する患者
- 後天性弁膜症(リウマチ性弁膜症など)
- 閉塞性肥大型心筋症を有する患者
- 弁逆流を伴う僧房弁逸脱を有する患者
Class Ⅱb
感染性心内膜炎を引き起こす可能性が必ずしも高いことは証明されていないが、予防を行う妥当性を否定できない患者
- 人工ペースメーカあるいは植え込み型除細動器が留置されている患者
- 長期にわたる中心静脈カテーテル留置患者
<感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版)より>
3.予防を考える歯科処置
一般に、抗菌薬の予防投与をすべき処置は、抜歯、歯周手術、スケーリング、インプラント植立、歯根管に対する歯科材料の植え込みなどが挙げられます。つまり、出血を伴ったり、根尖を超えるような大きな侵襲を伴ったりするものでは、抗菌薬の予防投与が勧められます。
感染性心内膜炎の予防を考える主な歯科処置
- 抜歯
- インプラント植立
- 歯周手術
- スケーリング
- 根管充填
4.予防抗菌薬の使い方
抗菌薬は、本来、すでに成立している感染症の治療に用いるべきであり、例外を除いて「予防的」に用いるものではありません。現時点で、歯科医が予防抗菌薬の処方を考えるのは、以下の2つだけです。
- 感染性心内膜炎の予防を考える場合
- 手術部位感染(SSI)予防を考える場合 (抜歯、インプラント手術)
今回は、上記の1、感染性心内膜炎の予防を考えて抗菌薬を使う場合についてです。
経口投与が可能な場合では、アモキシシリン2 gを処置1時間前に内服することが推奨されています。
ペニシリンアレルギー患者では、クリンダマイシン600 mgの処置1時間前の内服が推奨されています。
日本化学療法学会口腔外科委員会では、アモキシシリン大量投与による下痢の可能性、およびアンピシリン2 g点滴静注とアモキシシリン500 mg 経口投与で抜歯後の血液培養陽性率がともに約20%程度で大差なかったという論文を踏まえて、リスクの少ない患者に対しては、アモキシシリン500 mg 経口投与を提唱しているようです。
抗菌薬 | 処方 |
---|---|
アモキシシリン | 成人:2.0g(注1,2)を処置1時間前に経口投与 |
小児:50mg/kgを処置1時間前に経口投与 | |
ペニシリンアレルギーの場合: クリンダマイシン |
成人:600mgを処置1時間前に経口投与 |
小児:20mg/kgを処置1時間前に経口投与 |
注1)体格に応じて減量可(30mg/kgでも十分と言われている)。
注2)日本化学療法学会では、リスクの少ない患者に対しては、アモキシシリン500mg経口投与を提唱している。
歯科処置に対する感染性心内膜炎の予防抗菌薬 まとめ
-
- アモキシシリン2g 分1
- ペニシリンアレルギーの場合: クリンダマイシン600 mg 分1
※いずれも処置1時間前に内服開始
同時に考えたいアレルギーのリスク
ペニシリンによる致死的なアナフィラキシー反応は、100万人あたり20人程度と考えられています。さらに、このうちのなんと60%はペニシリンアレルギーの既往がなかったとされます。
歯科処置による感染性心内膜炎の発症リスクを正確に把握することはできませんが、試算によるとアメリカにおけるビリダンス連鎖球菌が原因の感染性心内膜炎のうち、1%が歯科処置によるものであると仮定すると、1400万回の歯科処置に対して1名の感染性心内膜炎が発症するに過ぎないようです。
ペニシリンによる致死的なアナフィラキシー反応の頻度は高くはないわけですが、それよりもさらにまれな感染性心内膜炎の予防のために、ペニシリンを使用するリスクが問われているのが現状です。
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参考文献
- 青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版.医学書院,2007.
- 日本化学療法学会「抗菌化学療法認定医制度審議委員会」:日本化学療法学会 抗菌薬適正使用生涯教育テキスト(改訂版).日本化学療法学会, 2013
- 日本歯周病学会:「歯周病患者における抗菌療法の指針」2010.医歯薬出版、2010.
- Lodi G, Figini L, Sardella A, Carrassi A, Del Fabbro M, Furness S: Antibiotics to prevent complications following tooth extractions. Cochrane Database Syst Rev. 2012 Nov 14;11
- 合同研究班(日本循環器学会,日本胸部外科学会,日本小児循環器学会、日本心臓病学会):感染性心内膜炎の予防と治療に関するガイドライン(2008年改訂版).2008
- Van der Meer JT, Van Wijk W, et al. Efficacy of antibiotic prophylaxis for prevention of native-valve endocarditis. Lancet 1992;339:135-9.
- 岸本裕充ら: 感染性心内膜炎に対する抗菌薬予防投与 新ガイドラインAHA2007をどう読むか? 歯界展望111巻2号.2008.
- 野村良太ら:感染性心内膜炎患者心臓弁に存在する口腔細菌に関する分子生物学的解析.小児歯科学.2009.